関係性技術による相性分析から見た本能寺の変

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2016年01月25日

仕事やスポーツ、学校生活、日常生活に至る生活全般において、人同士のマッチングは大変重要だと考えられています。人のマッチングは、これまで占いやカウンセラーなどの専門職による観察、推察などによって決められ、ビジネスにも発展してきました。

マッチングとはすなわち、人同士の「相性」を見るものだと考えます。この相性を関係性技術でモデリングできないかと考えました。

この課題にあたって題材としたのは、日本で特に有名な戦国武将「織田信長」と、その周辺の武将の情報です。Wikipediaの情報を利用して、この5人それぞれのペアの相性を関係性技術によって分析してみました。信長の忠実な家臣であった秀吉は信長と相性がよかったのか?本能寺の変で信長を討った光秀は他の武将とどう関係していたのか?を探ってみます。

相性とは何か

さて、相性とは何でしょうか?広辞苑によると、

「共に何かをする時、自分にとってやりやすいかどうかの相手方の性質」

という記載がありました。

例えば人とモノならば、モノに対して人が一方的に「相性が良い」と思っていればよいかもしれません。しかし人と人ならばどうでしょうか?

人の場合、一方的に相性がよいと感じていても職場や友人関係でうまくいくとは思えません。お互いに相性がよいと感じているからこそ、信頼関係が結ばれうまくいくはずです。

今回の検証では、「相性がいい」状態を、関係性技術では「共感性が高い」と仮定して、戦国武将の間でどのように表れるかを検証してみました。

・人からモノの場合・・

 一方的に人がモノを気に入ればよい

・人と人の場合・・

 「相性がいい」と双方向に感じる必要がある

対象となる武将の選出

今回、織田信長以外の武将は、Wikipediaの戦国武将の関係性から織田信長を基点として距離の近い4名を選出しました。「Wikipediaの戦国武将の関係性」とは、Wikipediaの「戦国時代の人物一覧 (日本)」のページに掲載されている人物の関係性を形成したものです。図のとおり、織田信長から距離の近い順に豊臣秀吉、足利義昭、徳川家康、明智光秀が抽出されました。

織田信長から距離の近い4名の武将
織田信長から距離の近い4名の武将

共感性による相性の分析

「相性」の分析には、関係性技術の「共感性」に指標を用いました。共感性とは相手の意見や主張、考え方に対してそのとおりだと感じる度合いを示しています。(共感性については、「関係性かんたんガイド」の「使い方編」をご覧ください。)
共感性は、ふたつのノード間で評価した場合、どちらが基点かによって度合いが異なります。

例えば、あるタレントのファンからみたタレントに対する共感性と、タレントからみたファンに対する共感性など、相互に強さが異なる状況がこの例です。また、共感していると意識していなくても、実は共感性が高いと評価されることがあるのも関係性技術の特徴です。

まず、各武将間で双方からの共感性の順位を評価してみると、以下の表のようになりました。(()は人物のみでフィルタした場合の順位)

基点ノード 織田信長 豊臣秀吉 足利義昭 徳川家康 明智光秀
織田信長 2位(1位) 3位(2位) 6位(4位) 7位(5位)
豊臣秀吉 2位(1位) 55位(27位) 3位(2位) 14位(7位)
足利義昭 1位(1位) 10位(5位) 18位(8位) 42位(14位)
徳川家康 4位(2位) 2位(1位) 66位(35位) 41位(28位)
明智光秀 2位(1位) 6位(3位) 20位(7位) 8位(4位)

単純に順位の差で見た場合、信長と秀吉、信長と義昭、家康と秀吉はお互いに共感性の順位が高く両想いのように見えます。また、義昭は秀吉、家康に、光秀は家康に一方的に共感しているように見えます。

信長と秀吉の深い関係は有名です。信長と義昭は最終的に対立しますが義昭が信長に擁せられて将軍に就任するなど、もともとは深く関わり合った歴史からも共感性の高さは頷けます。しかし信長没後に将軍職を辞したことから他の有名武将(秀吉や家康)からの存在は薄くなり一方的な共感を持っていた可能性はあります。

  • 織田信長と各武将の関係
    織田信長と各武将の関係
  • 豊臣秀吉と各武将の関係
    豊臣秀吉と各武将の関係
  • 徳川家康と各武将の関係
    徳川家康と各武将の関係
  • 明智光秀と各武将の関係
    明智光秀と各武将の関係
  • 足利義昭と各武将の関係
    足利義昭と各武将の関係

ただし、上記は共感性の順位のみで他のペアと比較しています。

例えば以下の場合を考えてみましょう。

•Aさんは100人の知り合いがいて、上位50人は共感性が高くあまり差がない
•Bさんは100人の知り合いがいて、上位10人と共感性が高く残り90人は低い

この場合、Aさんの上位11位から50位とBさんの上位11位から50位は順位が同じでも共感性の高さは大きく異なることになります。

そこで、今回は共感性の数値を各武将で比較できるように0~1の間で正規化してみました。

正規化した共感性
正規化した共感性

信長、秀吉、家康は全体的に共感性が高く、一世を風靡した人間関係が見られます。義昭は上位に偏りがあり、身分が高すぎるゆえに交友関係を拡げられなかったのではという背景が思い浮かびます。

正規化した共感性の数値を、対象の武将でまとめたものが次の表です。(()は先ほどの順位の表から転記)

基点ノード 織田信長 豊臣秀吉 足利義昭 徳川家康 明智光秀
織田信長 0.63413 (2位) 0.53651 (3位) 0.43902 (6位) 0.31723 (7位)
豊臣秀吉 0.86672 (2位) 8E-09
(55位)
0.70017 (3位) 0.26685
(14位)
足利義昭 1.00000
(1位)
0.00008(10位) 0.00001
(18位)※1
1.02E-09
(42位)
徳川家康 0.66656
(4位)
0.77759
(2位)
0.00004
(66位)※1
0.22209
(41位)※2
明智光秀 0.33342 (2位) 0.20512
(6位)
0.00002
(20位)
0.15385
(8位)※2

先ほどと少し異なって見えるのが、義昭と家康の関係(※1)です。順位では義昭は家康に一方的に見えましたが正規化してみるとそれほど一方的でもなく、家康のほうが少し値は大きいのが分かります。また興味深いのは光秀と家康(※2)で、順位では光秀は家康に一方的に見えましたが、正規化した数値では家康の方が光秀に対する共感性が随分高く評価されました。

家康は信長と同盟していました。しかし本能寺の変後伊賀越えで三河に帰るなど信長のかたき討ちのポーズは見せたものの、出陣には足踏みし光秀とは対立していません。

本能寺の変自体はいまだに様々な説がありますが、「本能寺の変は家康と光秀が共謀したものだった」という説もあります。他にも、実は本能寺の変は信長が光秀に本能寺で家康を討つように指示していたという説も一昨年話題になっています。

正規化した共感性の結果を見ていると実はこの家康と光秀はひそかに内通していたのかも?という説が濃く思えてきます。

最後に

今回の検証では、Wikipediaのデータを入力データとしました。既に各武将とも生涯を終えた後のデータであり、またデータの粒度も実用では利用しえないものではありますが、「Wikipedia」というサイト内で見た関係性では今回のような検証結果となったということでご理解ください。

サイトの記述からは気づかないものが見えてきたり、考察の元にできるような興味深い結果が得られました。

人のマッチングに関しても、占いや人による観察、推察のほかにこのように関係性技術によるアプローチを加えいくことでより客観的、潜在的な相性を知ることができるかもしれません。

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