マーケティングに活かせる関係性のさまざまな指標

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2017年04月12日

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今回は、距離、つながりの数、ホップ数、共通ノードの数などの関係性の指標の読み解き方や意味を、身近な例を踏まえてご紹介します。これを読めば、関係性技術が従来技術とどう異なるのか、なぜ関係の意味を導き出せるのかがわかるはずです。

さて、関係性技術のグラフを見るときに、1次指標となるのは距離です。距離は、近ければ近いほど関係性が深いことを表します。関係性技術における指標は距離だけではありません。つながりの数、ホップ数、共通ノードの数などの様々な指標にはそれぞれ意味があり、指標同士を掛け合わせることで、新たな意味を導き出すことができます。

ホップ数とは

つながりの直接性を示す指標が「ホップ数」です。ホップ数が1で距離も近いノード同士は、直接のつながりがあって、つながり自身も強いので最も強力な関係性といえます。

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たとえば新婚夫婦であるとか、毎日通う会社と社員の関係であるとかです。意外性はありません。

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ウィキペディア(戦国武将)のサンプルデータにおいて「織田信長」と「豊臣秀吉」の関係がこれに当たります。

また、ホップ数が1なのに距離が遠いノード同士は、直接のつながりがあるのに関係が薄いといえます。自分との関係でいえば、小学校に通っていたときの先生とか、子どもの頃に好きだったゲームなどの関係になります。やはり意外性はありません。

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ウィキペディア(戦国武将)のサンプルデータで「織田信長」からホップ数が1で、距離が遠いのは「幸若舞(こうわかまい)」です。幸若舞とは室町時代の大衆芸能(歌と踊り)です。信長は桶狭間の戦いに出陣する前夜、「人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり」という歌詞で知られる「敦盛」という幸若舞を歌って舞ったという伝説があります。

逆に、ホップ数が多いのに、距離が近いノード同士は、今は直接の関係がないけれども、強い親和性を持つ可能性があるものです。自分との関係で言えば、会社が近い将来に考えている新規事業とか、配偶者がこっそり始めた趣味などがこれに当たります。意外性のあるものが出てきます。

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ウィキペディア(戦国武将)のサンプルデータでは、「織田信長」と「関ヶ原の戦い」の関係がこれに当たります。「関ヶ原の戦い」は「織田信長」が亡くなった18年後に起きた戦で直接の関係はありません。しかし「関ヶ原の戦い」の原因は、「織田信長」がつくった「豊臣秀吉」と「徳川家康」との三角関係にあったともいえます。

また、ホップ数が多くて、距離が遠いノード同士は、ひらたくいえば無関係のものが多数です。

ウィキペディア(戦国武将)のサンプルデータでは「織田信長」と「土井利勝」の関係などが、これに当たります。土井利勝は、信長より39年遅く生まれた武将で、家康の部下です。江戸時代初期に幕府の最高権力者として辣腕をふるった有名人ですが、年も離れているため、信長とは直接の面識もなく思い入れもないと思われます。

つながりの数とは

ノードの一般性を表す指標が「つながりの数」です。「つながりの数」とは、そのノードとつながっている他のノードの数を表します。

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「つながりの数」が多ければ多いほど、そのノードは知名度が高く、一般性があることになります。逆に「つながりの数」が低いことは、そのノードの特異性を表します。

つながりの数も多くて、距離も近いノード同士は、より一般的な語句になります。たとえば、あなたにとっての「仕事」とか「社会」とか「食事」などです。これらは分析においては、当たり前すぎて、あまり役に立たないことが多いです。

ウィキペディア(戦国武将)のサンプルデータでは「織田信長」と「徳川家康」、「織田信長」と「豊臣秀吉」がこれに当たります。

また、つながりの数が多いのに、距離が遠いノードは、一般的であるにもかかわらず、その人にとっては縁が薄いものです。男性にとっての「ファンデーション」や、日本人にとっての「ローマ法王」などです。

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ウィキペディア(戦国武将)のサンプルデータでは「織田信長」に対して、「柳生宗矩」、「真田信繁(幸村)」などが、これに当たります。どちらも歴史小説ではたいへん人気のあるスーパーヒーローですが、信長より30年以上遅く生まれていて、同時代には活躍していません。

逆に、つながりの数が少ないのに、距離が近いノード同士は、その人だけに固有の特異性を示していることが多いです。たとえば「アッテネーター(減衰器)」は、一般的につながりの数が少ない語句ですが、もし距離が近い人がいれば電気工事士かAV(オーディオビジュアル)マニアの可能性があります。

ウィキペディア(戦国武将)のサンプルデータにおいて、「織田信長」とつながりの数が少ないのに距離が近いのは父親の「織田信秀」になります。信秀は、歴史の上では影が薄いのですが、信長にとっては重要人物です。

さらに、つながりの数が少なくて、距離も遠いノード同士は、ひとことでいえば無関係のものです。

ウィキペディア(戦国武将)のサンプルデータにおいては、「織田信長」と「上井覚兼」の関係がこれに当たります。上井覚兼は、九州の島津氏の家臣で、秀吉の九州征伐のときに、豊臣秀長の軍勢と戦ったことが史実に記録されています。どちらかといえば「上井覚兼日記」などの記録資料の著者として有名です。信長とはかなり関係が薄いです。

共通ノードの数とは

ノード同士の類似度を表す指標が「共通ノードの数」です。「共通ノードの数」とは、あるノードと比較対象とするノードとの間に、共通に存在するノードの数を表します。

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「共通ノードの数」が多いと、そのノード同士は共感性が高くなると言えます。

共通ノードの数が多くて、距離も近いノード同士は、非常に共感性が高く気の合う関係だといえます。仲の良い夫婦や恋人同士などがこれにあたります。

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ウィキペディア(戦国武将)のサンプルデータにおいては、「織田信長」と「豊臣秀吉」の関係に当たります。

共通ノードの数が多いのに、距離が遠いノード同士は、共通性が高く気が合う可能性が高いのに、現実にはそうなっていない関係を表します。離婚してしまった夫婦や、仕事上のライバルや、一緒に暮らしているけれどもほとんど話をしない親子などがこれに当たります。

ウィキペディア(戦国武将)のサンプルデータでは、「織田信長」と「松永久秀」の関係に当たります。松永久秀は、大和の国の戦国大名です。信長の上洛に対して降伏し、信長の配下になりました。しかし、その後に再び反旗を翻して、再三の降伏命令にも従わず自爆死した反骨の士です。

また、「織田信長」と、息子の「織田信雄(のぶかつ)」との関係もこれに当たります。信雄は、信長の次男ですが、暗愚とあざけられることが多く、あまり高く評価されていませんでした。信長の死後に、その政権が秀吉に移ってしまったのは、信雄の失態が大きかったともいわれています。

逆に、共通ノードの数が少ないのに、距離が近いノード同士は、共通性が少ないのに縁が深い関係だといえます。役割分担がはっきりしていてプライベートではあまり会話がないけれども、信頼し合っているビジネスパートナーなどがこれに当たります。

ウィキペディア(戦国武将)のサンプルデータでは、「織田信長」と「誠仁親王」の関係がこれに当たります。野心の塊である信長と、天皇家の直系で皇太子である誠仁親王とでは、生まれも育ちも文化もまったく異なりますが、政治的な理由から親しく交際していました。

最後に、共通ノードの数が少なくて、距離も遠いノード同士はどのような関係になるでしょうか。こちらは、共通性が少なく、距離も遠いので、ほぼ無関係といえます。しかし、中には、共通ノードの数も少なく、距離が遠いにもかかわらず、ホップ数が1で関係があるというノード同士も存在します。

ウィキペディア(戦国武将)のサンプルデータでは「織田信長」と「織田秀成」がそれに当たります。「織田秀成」は「織田信長」から距離がかなり遠く、共通ノードは一つもありません。しかし、ホップ数が1で直接のつながりがあります。秀成は、信長の8番目か9番目の弟で、若くして戦死したために、史実ではほとんど語られることのない武将です。

さらに、もう一つ重要な指標があります。それは・・次回をお楽しみに!

前回:いつ、誰が、どこで、何を求めるかを評価するしくみ

次回:なぜ「関係性技術」によるデータ活用では手軽に高精度の結果を得られるのか

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